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高岡開町と鋳物産業

400年の心魂を伝える手技の華

高岡銅器の発祥地は、千保川沿いの金屋町です。慶長14年 (1609)、高岡に城を築いた加賀藩の2代目藩主・前田利長公は、産業の振興を願って近郷から7人の鋳物師 (いもじ) を招きました。その期待に応え、鍋や釜などの鉄鋳物を作った彼らは、砂鉄を溶かす時「河内丹南鋳物の起こり ヤガエフ 今じゃ高岡金屋町 エーヤガフ・・・」と歌いながら、たたら (大型のふいご) を踏み続けました。その作業を今に伝えるのが、毎年6月19・20日に行われる御印祭 (ごいんさい) です。
江戸時代の中頃から銅合金の鋳物も盛んになり、明治に入ると、高岡銅器はいよいよ隆盛を見せ始めます。6年 (1873) にウィーン万国博覧会で金森宗七が有効賞を受賞したのを皮切りに、国内外で多くの名工たちが賞を受け、その精巧な作風により、世界に確固たる地位を築きました。
昭和50年 (1975) には国の伝統的工芸品の産地指定を受け、現代に至るまで新しい技法を生み出しながら、クラフトデザインやインダストリアルデザインへの展開も活発に行っています。

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